too early to despair

絶望するにはまだ早い 2021

ショートストーリー【クラゲ3時】

水族館でいちばん好きなのはクラゲ。

あそこだけなんか静かで、暗くて、涼しくて。

クラゲ見てると落ち着くんだよね。

この子たち、何か考えてるのかなぁ。

なにも考えてないのかなぁ。

ひしめき合ってるのに、孤独だね。

 

___

 

こんなことを繰り返していても仕方ないことはわかってるし、私だってこんなことしたいわけじゃない。

素直な女の子がかわいいなんてそりゃ知ってるし、私だってそんな女の子でいたい。

いたかったの。

いたかったのに。

…なんでこんななっちゃうの?いつも

 

さっきまでは楽しかった。

やっと最後のテストが終わって、バイト以外することない夏休み突入。

今年から社会人と学生でまったく時間が合わなくなった私たちは、それでも、それなりにうまくやっていた、と思う。

 

いつものように合鍵を使って、いつもの彼の部屋に帰る。

まだ帰ってないよね。

コンビニで買ってきたミニ冷やし中華とチキンを食べながらテレビを見る。

暇。

とりあえずシャワー浴びて、部屋着がわりのTシャツ借りて着替える。

暇。

しゃべくり007見る。

暇。

 

ひまひまひま。

 

少しウトウトして、テレビからマツコの声がしてきた頃、彼が帰ってきた。

 

「うわ。びっくりした。いたんだ、ただいま」

(テレビ消す)

「・・・」

「なに?どうした?」

「・・・べつに」

 

ダメだ、だめだ。

部屋の空気は一瞬で重くなり、静かになる。

 

「はぁ」

ため息をついたのは彼の方だった。

「なにしにきたの?」

「なに、って…」

 

今日で学校終わりだし、とりあえずその報告。

あとは、明日からバイト入れっぱだしさ、なかなか来れないかもだし。

でも。いちばんの理由は、

会いたかったから。

顔見たかったから。

だよ?

 

頭の中ではたくさん言葉が溢れるのに口からは出てこない。

長い長い沈黙。

時間だけが過ぎてゆく。

 

「・・・別れよう?」

 

声を発したのは私だった。

あまりにもはっきりと、尖って響いたその声に自分でも驚いた。

 

あまりにも簡単に。

あまりにも肝心な言葉を放ってしまう。

 

「またそれか」

 

彼はやれやれ、という表情を無理やり作ろうとしていて、その途中で諦めたようだった。

「わかったよ」

「・・・」

「俺さ、明日も仕事だよ?今日月曜日。

月曜からこういうの、本当にキツいんだよね。

べつに他の曜日ならいいってことでもないんだけど」

「・・・」

「もう、わかったから。とりあえず今日は寝よう」

 

また、だ。

また3時。

なんでいつも3時なんだ。この時間にいつも深みにはまる。

 

彼はベッドに入り背中を向けて、すぐに寝息を立て始めた。

ここで隣に潜り込んで、背中にぎゅっとしがみついてさ、

「ごめんね、好きだからあんなこと言っちゃうの」

「別れないで」

って言えたら、なにかが変わるの?

変わるんだろうな。

 

でも。

言えない。

言えないことの中にいつも真実があって。

言えなかった言葉たちが、ひとりになると溢れ出して溺れそうになるんだ。

 

助けて

助けて

 

ソファーでそのまま寝てしまい、重たい瞼を開けると、もちろん彼はいなかった。

仕事に行ったんだ。

 

昨日となにも変わらない部屋。

綺麗好きな君にしては、少し散らかっている。

疲れてるんだな…

仕事、大変なんだな…

 

なんで私はいつも自分のことしか考えられないんだろう。

自分がしたくてしていることなのに、

なにを期待しているんだろう。

 

遮光カーテンの引かれた部屋は、まだ夜中3時の空気を閉じ込めていて、

私はそれを開けることが出来ない。

目を閉じて昨日のことを反芻してみるけど、涙が溢れて思考が停止する。

 

別れたんだよね?

わかったって言ってたよね?

わかった、ってなんだろう。

私が、別れたいんだっけ?

それとも?

 

___

 

クラゲの水槽の中は、本当は孤独じゃないのかな?

みんなで何か囁きあってるのかな?

私もその仲間に入れてくれないかな?

どこまでもいつまでも漂っていたら、すべて忘れられるのかな?

 

そもそも

 

私はいったいどこの誰なんだっけ?

 

___

 

ああもうこんな時間。

バイトに行かなくちゃ。

 

荷物は少ないから今日全部運び出そう。

もうこの部屋で「3時」を迎えることはないね。

何も考えないように。

何も思い出さないように。

はやく戻ろう、クラゲの水槽へ。

 

 

鍵はポストに入れていくね。

 

バイバイ。

 

_____

 

簡単に肝心な言葉放つ

感情コントロールできない 3時

バランス・タイミング ゆっくり崩れてく

不安ばらまくことで また深みにはまった

 

「行かないで」

言えないことの中に真実があるのなら

なぜ 言葉なんか存在してんの?

 

強がり 意地っ張り 独りよがり

プライド守ることで またひとりに戻った

 

「会いたいよ」

言えなかった言葉が 部屋の中 泳ぎだす

なぜこんなになってから いつも気づくの?

 

ミダサレテルココロ

ミタサレナイココロ

イツモ・・・

 

「泣かないで」

いいえ もう いい加減 素直になろう?

溢れ出す涙の海に漂う jellyfish

 

「行かないで・・・いや」

 

失くしてからいつも気づく クラゲ3時

 

いや。

 

 

クラゲ3時/チコチェアー