ショートストーリー 【体温】
さっきからずっと鈍い短い振動が立て続けに鳴っているのを知っている。
それが私のものなのか、彼のものなのか、それとも2人のものなのかはわからないけれど。
テレビはついているけど音は消しているので、余計響くのかもしれない。
お笑い芸人が何かをしゃべっている。画面は切り替わり、CMでは爽やかな女優さんが、爽やかなサイダーを飲み干している。
サイダーなんてどのくらい飲んでいないんだろう。
あの頃、美味しかったな、サイダー。
東京は記録的な連日の暑さで、夜になっても熱を帯びていて、まさに熱帯夜だねなんて笑いながら、ぼんやりクーラーの風に当たって、君の横顔を見ていた。
綺麗な顔だなぁ、鼻が高いなー。
目は優しくて、いつも少し笑みをたたえている。
怒った顔は見たことないけど、怒っても綺麗なまんまなんだろうなぁ。
まじまじと穴が開くぐらい見つめていた、
その瞬間。
息が出来なくなる。
自分のそれとは違う温度の舌が、生温い夜を掻き回してゆく。
強く抱きしめていた手をふっと緩めた君は、
何かを諦めたような?
あるいは何かに希望を見出したような?
見たことのない目の色をしていた。
そうして夏の夜は、始まった。
名前を呼んでもらうのが好き。
何度も何度も、呼んでね、うわごとみたいに。
耳から脳に痺れる感覚が走り、ねえ、もうどうでもよくなっちゃうね?
今だけはいいよね?
遠くなる意識の中、はっきりと感じる君の体温。重み。そして君のかたち。
どうしてちゃんと出逢えたんだろう。
こんな東京の片隅で。
予感も、予測もなかった。
理由も、順序もなかった。
ただ、会わなくてはいけない、
そんな衝動だけで、始まった2人。
それが、一番大切なことだから。
君の声が、震えた。
泣いてるの?
泣きそうなの?
大丈夫だよ?今が全てだから。
今も明日も、昨日も全部、ぜんぶ包み込んで、
このまま2人で、いようね?
大丈夫、ぜんぶうまくいくからね。
夏の短くて長い夜。
2人の体温。
どこまでも伸び縮みするこの夜に、溶けていった。
_____
何度も呼び続ける 電話を放り出した
言い訳は また明日
テレビの灯りだけで キスして 抱きしめたら
落ちてゆく この夜とカラダ
君の声が少し震えた
手を伸ばして 触れた秘密
彼と彼女のことも全部
飲み込んで この闇を埋めて
何度も呼び続ける 名前が耳に残って
その度に 遠くなる意識
君のかたちを覚えている
この両手が 宙を切って
動き続ける 指の温度
生温い夜を 熱くして
予感も予測もなく始まって
理由も順序もなく求めあった
いちばん 大切なことは
きっと こんな単純なことだよね?
君の声が…
君の声が 少し震えた
手を伸ばして 触れた真実
今も明日も包み込んで
ねぇ このまま
このまま 2人で…
体温/チコチェアー